マーケティング:限界地の考え方

“限界地”シャープ、ソニーのおかげで韓国メーカー大躍進?
Business Journal 12月6日(木)7時17分配信

ソニー HP」より
 数多くの大企業のコンサルティングを手掛ける一方、どんなに複雑で難しいビジネス課題も、メカニズムを分解し単純化して説明できる特殊能力を生かして、「日経トレンディネット」の連載など、幅広いメディアで活動する鈴木貴博氏。そんな鈴木氏が、話題のニュースやトレンドなどの“仕組み”を、わかりやすく解説します。

 日本の家電大手シャープ、パナソニックソニーが苦境にある。サムスン、アップルのように大きく儲けるグローバルな競争相手に業績面では歯が立たない。

 会社はなぜ儲かるのか?

 コンサルティングファームに入社した直後に教わったことは、大企業がどれだけ儲かるかは、経済学でいう“限界地”よりもどれだけ優位性で上回ることができるか次第で決まるという法則だ。

 限界地とは経済学の用語で、その業界の中に通常1社、ないしは数社存在する“まったく儲からない”競合相手のことである。限界企業といったほうが一般的かもしれないが、もともとはイギリスの古典派経済学者リカードが農地の価格について提唱した理論のため、このコラムではリカードにならって“地”という表現を用いる。

 限界地の理論は土地の価格だけではなく、企業の利益水準についてもあてはまることがわかっている。

 例えば、アメリカの自動車業界ではクライスラーGMが限界地に相当するし、国内のビール業界でいえばサッポロビールが限界地である。

 利益がかつかつの状態に陥っている限界地企業の商品価格は、市場原理の中で“これ以上安くては会社が存続できない”レベルで落ち着く。他の企業はその価格を基準とした場合、限界地企業より高い生産性で、ないしはより高いブランド力で商品を供給することができるため、その分だけ儲かる。

 アメリカの自動車業界では、デトロイトを中心に強い労働組合がビッグ3に対して高い交渉力を持っていたため、労働組合に所属しないカリフォルニア州などに工場を持つトヨタら日本車メーカーは、そもそもコスト的に優位にあった。

 そのうえ工場の生産性は日本車メーカーのほうが高くて故障も少ないし、性能もいい。だから日本車はクライスラーの車よりもコストが低いだけではなく、ブランドイメージもよく、価格も若干高く売れる。

●限界地はビジネスを止められない

 そして、限界地としてのクライスラーは、ビジネスを止めることができない。なぜならクライスラーの存在は大量の雇用を生んでいて、かつ銀行団にとっては多額の融資につながっている。ビジネスを止めれば失業が生まれ、銀行も資金が回収できなくなる。クライスラーの経営が傾くたびに、政治問題として国家が救済策を講じるようになる。

 その間、クライスラーが限界地として存在する限り、日本車メーカーは利益を上げることができる。クライスラーよりもどれだけ高く売れ、どれだけ安くつくれるかで日本車メーカーの儲けが決まる。

 経済学では、このように企業の利益は相対的に決まることを示している。

●限界地になってしまった日本メーカーたち

 シャープ、パナソニックソニーの現在の問題は、自分たちが限界地になってしまった点にある。

 日本の家電メーカーの戦場の縮図ともいえる大画面テレビという分野ではサムスンLG電子といった韓国勢がグローバルシェアの面でこれら日本勢を大きく上回る。最新のシェアでは、韓国2社のグローバル市場での販売額シェアは44%に上るのに対して、日本の3社を合計しても20%のシェアにしかならない。

 5社の中でシェアが一番低いシャープが最も早く経営危機に陥ったと同時に、現時点では構造的に一番利益を出しにくい限界地となっている。たとえばシャープの32インチ液晶テレビが利益を生む限界の4万円台で売られることで、他社の製品も同等の価格で販売される。ところが生産量が大きい韓国メーカーは同じ価格でも十分な利益を出せる。

 さらに上記3社のような日本メーカーは、ブランド構築のための広告宣伝費や、多額の研究開発費を費やしている。そして本社人員は、グローバルな比較で見ればかなり高い人件費の社員で占められている。

 そのようなコスト構造を必要としない台湾や中国の家電メーカー、たとえばハイセンスのようなテレビブランドは、32インチテレビを2万円台で販売しても利益が出る。

 つまりシャープという限界地が存在するから、アジアのテレビ産業は相対的に莫大な利益を上げることができるのである。

ウォークマンiPodを支える?

 ソニーの場合は、携帯音楽プレイヤーの分野でも限界地となっている。昭和の時代にはウォークマンが世界のどの音楽プレイヤーよりも高いブランドイメージを保っていて、当時限界地だったサンヨーや日立といったメーカーのヘッドホンステレオよりも、相対的に高く売れたことで高い利益を享受できていた。

 現在では、かつてのライバルメーカーはすべて市場から退出し、16GBのウォークマンは、同じく16GBのiPodの巨額な利益を支える限界地に堕ちてしまっているのである。

 日本経済にとって大量の雇用を生んでいるシャープの存在は重要である。たとえ株主にとって価値がないとしても、国にとって限界地企業は雇用創出という側面での重要性が残る。だからアメリカがGMクライスラーを支えたように、国が限界地企業を支えることには一定の意義は存在する。

 支えなければどうなるだろう?

 いつか政府や銀行団が支えられなくなれば、経済原則にのっとってテレビ業界5位のシャープは市場から退出することになる。すると新たな限界地として業界4位のパナソニックが基準となるだろう。仮にパナソニックが市場から退出すれば、今度は業界3位のソニーが限界地となる。つまり日本製テレビは経済学的に見れば、苦境から一切抜け出せない構造にある。

 そして赤字に陥ったシャープ、パナソニックソニーという限界地が存在するがゆえに、韓国のサムスンの過去12カ月の純利益は1.2兆円、アップルの純利益は3.4兆円と莫大な金額に上っているのである。
(文=鈴木貴博/事業戦略コンサルタント 百年コンサルティング代表取締役