村上ファンドが捕まった終値関与って何が悪いの?

村上ファンドが捕まった終値関与って何が悪いの?


日本はここ20年以上、金利がほとんどありません。しかし、そのような環境でも、5%の金利を払うような夢のような金融商品を作れます。金融界で働く、ロケット・サイエンティストたちが素晴らしい金融商品を開発したのです。プットオプションを組み込めばいいのです。

トヨタ自動車プットオプションを考えましょう。プットオプションとは、たとえば1年後の満期に、7500円で株を売る権利です。このあらかじめ決められた株価を行使価格(=K)といいます。この場合、1年後にトヨタ自動車の株価が6000円まで下がれば、オプションの買い手はオプション1個当たり1500円儲かりますね。6000円で市場で買って、そのままオプションの売り手に7500円で売ればいいわけです(実際にはこんなことしなくても、差金決済されますが)。オプションというのは、何かを行使する権利ですから、それ自体では儲かるか、何もないかのどちらかです。そんな素晴らしいものをただで売ってくれる人はいません。そこでオプションの買い手は、売り手に対して、いくらかの価格を払わないといけません。このオプション代がプレミアムと呼ばれるものです。

逆に、プットオプションの売り手は、満期に行使価格(=K)より株価(=S)が下になっていたら、市場価格(=S)より高く、オプションの買い手から株を買い取る義務があるわけですから、S − K 円損します。満期にSがKよりも高くなっていたら、オプションは行使されないので、プレミアムが丸々儲かります。

金利が5%の金融商品は(5%というのは、たとえばの話で、いまはボラティリティが低いので、そんなにたくさんは払えないと思いますが…)、このオプションの売りを内包して、そのプレミアムをまるで金利であるかのように見せることで作り出します。投資をしたことがないお年寄りに、いきなりオプション取引を勧めるわけにはいかないので、いかにもリスクが少なさそうな債券のような名前にします。いろいろなバリエーションがありますが、一番簡単なのが、ノックインオプションの売りを入れておくことです。

ふつうのオプションの売りでは、満期に、株価Sが行使価格Kを下回れば、その下落幅が全て損になりますが、たとえば、1年の満期の間に、最初の株価の30%下のところのバリアに一度も触らなければ、オプションは出現しませんよ、というようにしておくのです。バリアに触ると、いきなりオプションが出てくることから、こういうオプションをノックインオプションと言います。

ノックインオプション解説

たとえば、いま株価が1万円、行使価格が1万円、満期が1年で、ノックインするバリアが7000円のノックインオプションは、1年間、株価が一度も7000円を下回らなければ、オプションは出てこないので、オプションの売り手は、プレミアムの分だけ得します。このプレミアムをまるで金利のように見せて、ふつうの債券のような安全な金融商品のように仕立てるのです。銀行の窓口なんかで、預金を持て余しているお年寄りに大量に売られています。あとは、宗教法人や学校法人などの大きな資産を運用している顧客に、証券会社のセールスが売りにいきます(学校法人は金融商品を買うのですが、その金融商品の中にノックインオプションの売りが入っているわけです。ややこしい…)。ちなみに、証券会社では、商品を売ることを、客にハメるといいます。なんとなく、語感が悪いですが、特に悪気はなく、単に伝統的に、そういう言葉が使われているだけです。誤解しないでください。

これを個別銘柄でやるとまるで安全な社債のような響きでEB債などと呼ばれ、日経平均株価でやると日経平均参照型リスク限定ファンドなどと呼ばれます。図を見てもらうとわかると思いますが、バリアに触った瞬間に、この安全そうな「社債」やリスク限定ファンドが、いきなり-30%とかの損失になるわけです。それで、このバリアを超えるかどうかの判定基準が終値により行われるのです。誰もが簡単に手に入るデータですからね。そこは透明性を確保したいわけです。顧客のためにね。

デリバティブというのは、完全なゼロサムゲームですから、このお年寄りの損失は、そのままノックインオプションの買い手の儲けになります(金融商品の売り手。ややこしい…)。もちろん、証券会社はいろいろヘッジしているので、全部が儲けになるかどうかはヘッジ次第ですが、仮に裸で持っていたとしたら、丸々儲かります。そうすると、株価がバリアの近くになってきたら、もうすこし売って、バリアに突っ込ませようという出来心が芽生えるのは不思議ではありません。

それで、昔は外資系証券会社で、こういうのを大引けでボコっと売って、ノックインさせたりしていました。しかし、これに一部の人たちが怒って、週刊誌に載ったりしたので、証券取引等監視委員会(SESC)も怒ることにしました。おかげで証券会社は、ちょっと営業停止になったり、すこしばかりの罰金を払わされたりしました。トレーダーは見せしめにクビになったりしましたが、すぐに別の証券会社に転職したりしていました。当時は、こうしたデリバティブ・トレーダーは売り手市場だったのです。SESCが、いわゆる終値フェチになったのは、EB債がきっかけだったように思います。

次に、終値を動かして儲けたのは、大物ヘッジファンドたちでした。村上ファンドが、空売りして株価を下げたとかで、強制調査を受けていますが、大量に売って株価を下げるということは、本来なら高く売りたいのに、売値がどんどん下がっていくだけで、儲かりません。空売りなら、買い戻すときに、今度は自分で株価を上げてしまうので、大量に売って、大量に買い戻すのは、単に損するだけです。しかし、ガンガン空売りして、価格を下げて、最後に決まった値段で買い戻させてくれる相手がいるならば、話は別です。過去にそうしたおいしい事例がありました。リーマンショック後に、日本の航空会社やメガバンクが、次々とかなり大きな公募増資をして、資金調達していました。

公募増資の際に、新株を売り出すわけですが、これが値決め日(増資の数日前)の終値−3%とかで決まるのです。ふだんからたっぷり手数料を払っている大物ヘッジファンドは、証券会社からこの株を優先的に買わせてもらえます。だから、この値決め日までに、大物ヘッジファンドが、がんがん空売りして、株価を叩き落として、そして、最後は増資の新株をさらに3%安いところで買い戻させてくれるわけで、ものすごく儲かりました。証券会社は増資する企業から手数料をもらえるし、さらにヘッジファンドからも手数料をもらえるし、そして、ヘッジファンドはボロ儲けという、みんなが幸せになるディールでした。日経平均が地を這い、大企業は新たな資金を大量に調達しなければ生き延びられなかった、2011年、2012年に、証券会社のプロップやヘッジファンドは、あんまり覚えていませんが、おそらく数千億円、あるいはそれ以上を、公募増資めがけた空売りで儲けました。

それで、みんなが儲かる、すごくハッピーなディールだったのですが、安い株価で資金調達しなければいけない、つまり、同じ金額を調達するのに大量に株を発行しなければいけなくなるので、既存株主の持ち分が希薄化して、ちょっぴり損します。日本の大企業の経営者は株価を気にしなくていいし、株主のために働かなくてもいいので、損も得もしません。そもそも日本の大企業の経営者は、株価が上がったからといって、何かボーナスがもらえるわけではありません。ただのサラリーマンですから…。