「アップルの逆」を行って元気になった“万年不況業種”のあの企業

「アップルの逆」を行って元気になった“万年不況業種”のあの企業


神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木契=文

オープン化へと雪崩を打つ世界の優良企業
シャープ、東芝などかつての日本をリードしていた優良企業がもがいている。各社が陥った困難の背景には、現在の統合型エレクトロニクス企業がかかえる「内部化(インソーシング化)とオープン化」という共通の問題がある。

どういうことなのか、詳しく追ってみよう。統合型エレクトロニクス企業の全盛期は、20世紀の後半だった。この時期、これらの企業は事業の高度化や拡大を目指して、新たなマーケティングや製品開発や素材開発、さらにはそれらを支える基礎研究をも「内部化」、つまりすべて自前でまかなう方向へと進む。そして手にした圧倒的な生産と開発の能力は、「ものづくり日本」の高度な実現として賞賛された。

この内部化の動きは、当時彼らが仰ぎ見たIBMやGEといったアメリカのリーディング・カンパニーを追いかけたものだった。

こうしたリーディング・カンパニーは、内部化によって世界の一流大学を超えるような基礎研究にまで乗り出し、産業のフロンティアを切り拓くイノベーションを次々と起こしていた。日本のエレクトロニクス企業は、世界のビジネストレンドに敏感だったからこそ、内部化へと進んだのである。

だが、グローバルに展開する産業のあり方は、エレクトロニクス産業に限らず大きく変わった。

日米欧の先進国で経済の成熟化が進み、大量生産・大量消費の時代は曲がり角をむかえる。デジタル技術は爆発的な発展をとげ、科学技術研究の高度化と専門分化が果てしなく進む。

それとともに、世界的な巨大企業といえども、社内の研究や開発・調達では、加速化する競争から振り落とされるようになっていく。技術やビジネスモデルの賞味期限は短くなる一方なのに、その研究や開発に要するコストは高騰している。さはさりながら、自社の未来を拓くイノベーションを止めるわけにもいかない――このジレンマは、多くの産業に共通する。

時代の寵児のアップルは、すべてを自社内に抱え込むのではなく、コア技術のほかは外部を活用することで、イノベーションを加速化している。オープン・イノベーションと呼ばれる動きだ。IBMやGEはどうか。これらの企業は依然として世界の優良企業群の一角にある。しかし彼らも自前主義を捨て去り、戦略提携やM&A、さらにはアウトソーシングといったオープン化を志向するようになっている。P&Gもしかり、あるいはLegoもしかり。世界の多くの産業のリーディング企業が、内部化からオープン化に舵を切っている。

古くからオープン化が進んだ出版・印刷業界
現在の企業経営およびマーケティングのトレンドである「オープン化」とは、いわば分業化である。発電と送電、設計と製造、仕入れと販売、あるいは所有と利用。こうした各種の事業を成り立たせる諸活動を、ひとつの企業が丸抱えするのではなく、複数の企業で分担するシステムへと移行することで、規模の経済(多くつくって商品単価を下げる)や範囲の経済(事業の数を増やして共通コストを分散させる)をより高い水準で引き出す(加護野忠男・井上達彦『事業システム戦略』)。システムは集権的にコントロールするよりも、市場の調整に委ねた方が効率的だ――この主流派経済学のテーゼに沿ったオープン化は、多くの産業で進行している。

クラウドサービスは、このオープン化の利点を活用した事業のひとつのあり方である。図を見て欲しい。企業のデータセンターが個別にピーク時のトラフィックに対応しようとすると、ほとんどの時間帯は余剰能力を抱え込むことになる。この非効率を解消するのがクラウドサービスである。トラフィックのピーク時が異なる複数の企業が、クラウドサービス会社の提供するレンタルサーバーを共同利用すれば、需要は平準化され、個別に投資する場合と比べて、はるかに効率的な運用が可能となる。


図 サーバーによるトラフィックのピーク時への対応

オープン化は新しい問題なのか。答えはイエスであり、ノーである。エレクトロニクス産業やエネルギー産業では、オープン化は近年の動きだが、産業によっては古くからオープン化が進んでいた産業もある。

『電子立国は、なぜ凋落したか』の著者で日経エレクトロニクス元編集長の西村吉雄氏によれば、集積回路(IC)における設計と製造の分業化は、雑誌における出版と印刷の関係に似ているという(同書より)。そこでは、出版社がコンテンツを制作し、印刷会社が製本を行うという分業が、近年のデジタル技術の登場や産業のグローバル化を待たずとも、すでに出来上がっていた。

この分業体制の中で、出版社は企画や編集に特化し、取材やライティング、あるいはデザインや校正などは外部スタッフを使う。印刷産業も同じだ。刷り部数や求められる表現によって、適した印刷機は異なり、印刷会社ごとに得意の技術や工程に特化する棲み分けが確立している。

とはいえ、印刷・出版は時代の先端をゆく成長産業なのではない。紙のチラシやカタログ、あるいは書籍や雑誌の国内市場は縮小傾向にあり、ピークの1990年代後半と比べて6〜7割ほどの規模にまで落ち込んでいる。しかし、この逆風下の20年間に業績を立て直したり、着実な成長を続けている企業がある。

グラフ(株)(本社・兵庫県加西市)はそのひとつ。経営者は高名なデザイナーの北川一成氏。一時は倒産の危機にあった同社だが、2003年以降は黒字経営が続く。スタッフの数を絞りながら、1人当たりの売り上げを3倍に伸ばしてきた。特殊だが高度な印刷表現の力を高めるために、多種類の印刷機を自社内に揃えるようにしている。多くの印刷会社が、専門特化によって投資効率を高めようとしているのとは、逆の方向性である。さらにグラフでは、インクの配合割合のデータベースなどについても、インクメーカーに頼ることなく、独自に構築している。

こうした方向転換の結果、グラフでは、色の管理をはじめとする印刷表現の高度化を実現している。さらには、印刷技術を知り尽くしていることから生まれる大胆で繊細な北川氏のデザインが、毎年売り上げ好調なセブン−イレブンの「私製ハイブランド」年賀状を始め、高級ブランドなどに向けた付加価値の高い仕事の受注を促している。

出版不況下に制作「内部化」で売り上げ伸ばす
あさひ高速印刷(本社・大阪市)も、この20年間に経営改革を重ねてきた企業だ。同社はこの間に売り上げは落としたものの、財務の健全化を果たし、前向きな投資を行う余力が増したという。ここ数年こそ業績に波はあるが、「大手企業に相応の受注基盤を構築、毎期黒字確保」(東京商工リサーチ調べ)しているという。同社では、印刷だけではなく、その前後の工程である文字入力や編集、あるいは製本や検品などを自社内で一貫して行うことを重視している。まさに「内部化」であり、コスト面では不利なのだが、機密性の高い印刷物の受注などでは強みとなる。製本までの工程がひとつの工場内で完結し、管理が行き届くからだ。

あるいは、取扱説明書のように正確さへの要求が高い印刷物でも、内部化が効果を発揮する。内部化していれば、ミスが起きた場合、前後の工程も含めてその原因を洗い出し、再発防止策を練ることが容易である。現在のあさひ高速印刷は、たとえば、製本の工程でのミスが起きにくいレイアウトなどを、クライアントに提案することができる。こうした対応が可能なのも、同社が印刷の前後の工程を内部化し、それらのすり合わせから生まれる効果の学習を重ねてきたからである。

エイ出版社(本社・東京都世田谷区)は、バイクやスポーツ、ライフスタイルなど趣味の雑誌や書籍を得意とする出版社である。出版不況の中にあって、売上高を年々拡大。11年度の75億円から、4期で91億円(15年度)へと拡大している(東京商工リサーチ調べ)。

エイ出版社の特色も、制作の内部化である。企画や編集だけではなく、執筆や撮影、さらにはデザインなどに関わるスタッフを社内にかかえ、基本的に外部に頼らない。エイ出版は、臨機応変に趣味性の高いムック本や手帳などの臨機応変な投入していくことに長けているが、こうした動きが可能なのも、既刊本のコンテンツの著作権が社内にあるからだという。

さらに同社は、企業や行政機関などから、広報誌やブックレトの企画制作を受託する事業にも手を広げている。クライアイント側からすれば、事前の情報流出を防止しやすいという点で魅力的な選択肢となる。

加えて、独自のスタイルによるゴルフショップやレストランを開店したり、設計事務所を設立したりするなど、事業の多角化にも積極的である。こうした多角化では、ゴルフや食や建築に通じた社内スタッフが活躍する。すでにある内部資源の転用なので、新しいトライにあたっての費用面のハードルは低い。「そのために思い切った意思決定が可能となる」と同社の角謙二社長は語る。

オープン化は、現代の厳しい事業環境にかなう指針である。連携の中で専門特化を進めることは、事業の効率性を高め、企業が新たな取り組みへと向かう余力を生み出す。

だが、マーケティングとは複雑な問題だ。時代の流れに逆行するかのような内部化へと進む企業ある。内部化で効率は犠牲になっても、提供できる商品の品質が高まったり、事業展開の柔軟性が増したりするのであれば、付加価値の向上や新市場の創造が促される。ここに活路が開けるというのも市場だ。

大切なのは、オープン化の効果を認める一方で、その限界も見落とさないことである。これができるかどうかで、事業の質や活力を高める道筋を、どこまで広く考えることができるかが変わってくる。