「プロ部長」こそが、これから最も必要とされる職種だ

「私は部長ができます」が強い理由

 就職エージェント業界の古いジョークにこういうものがある。

 早期退職者の再就職支援イベントにやって来た中高年の応募者に対してコンサルタントが質問した。

 「あなたは何ができますか? 

「はい、部長ができます」

 実はこの話、奥が深い。「何ができますか? というのは「経理業務ができる」とか「英語での交渉ができる」などスキルを訊ねているのだが「部長ができる」というのはスキルを答えていないということで笑い話が成立している。

 しかし「部長ができる」というのは本当にスキルとは言えないのかというと、実はそうでもない。ここが奥の深いところだ。

 というのは1990年代と2010年代とでは大企業の部長の位置づけやスキルが変わってきたからだ。

 1990年までの大企業では一流大学を出て新卒で就職した社員であれば、年功序列の制度のおかげである年齢になれば課長には誰でもなれた。そして子会社まで含めれば多くの人が部長にもなれた。

 また、この時代、部の中で一番ビジネススキルが高い人が部長という例は少なかった。

 もちろん「都銀の本店営業部の営業第一部の部長は役員になる人のポジションで、行内でも優秀な行員がつく地位だ」というように、出世コースというものはある。しかし一般的には部の中で部長の地位は「その部でいちばん年上の人」という位置づけだった。

 年功序列なので、部を動かしている本当に仕事ができる社員は数人の課長補佐だったりするのはあたりまえで、部長の仕事は「重石」として部の秩序や和が保たれることが重要だった。そんな時代がかつてこの国にはあった。

 だからこの時代に、他社で通用するこれと言ったスキルを持っていない、しかし再就職をせざるをえなくなった古いタイプの元部長に転職コンサルタントが「何ができますか? と訊ねたところ「部長ができるので、部長の仕事を探してください」と言ったという話がジョークとして成立し、広まったというわけだ。

 しかしその後環境が大きく変わった。2010年の大企業には1990年ほどの余裕はなくなっている。年功序列もとうの昔に壊れている。

 その経営環境下で大企業の何らかの部を率いてきた人材が、「私は部長ができます」と言った場合には、それは「経営者の経験はないが部の経営はきちんとこなせる」という「プロ部長」である可能性のほうが高いのだ。

 もちろん会社や部署によって部長に必要とされるスキルは異なる部分も多い。だから転職エージェントのコンサルタントは襟を正して「あなたのやってきた部長の仕事とはどのような仕事ですか? と、訊ね直す必要がある。転職候補者が本当は何ができるのかを引き出すのは転職コンサルタントの仕事なのだ。


プロ部長、3つのスキル

 では、プロ部長とははたしてどのような部長なのか。

 プロ部長を大きく分ければ、企画部や人事部といった管理部門の部長か、営業部や開発部のような現業部門の部長かで必要とされるスキルはかなり違う。

 筆者の経験で言えば、この時代に現業部門で3つから5つぐらいの課をたばねた部の責任者だった現業部門のプロ部長には、他の会社がのどから手が出るほど「この人を欲しい」と思うような3つのプロのスキルを持っているケースが少なくない。ではその3つのスキルとは何か? 

 ひとつめのスキルは人材配置である。

 会社の現業部門で業績を支える基本単位は「課」や「プロジェクト」であり、部の業績はこのようなプロジェクトが5つとか、15とかがまとまって仕上がっているものだ。この場合、プロ部長が部の業績を差配する最大のポイントは人材配置である。

 ただ漫然と自分の部は課が5つあって、それぞれ7~8人の課員がいるから、一年間そのままで動かすというのはプロ部長としては失格である。その時の業績に重要な顧客やプロジェクトごとにどう資源配分をするのが最適かを考え部内の異動をひんぱんに行うことで部の業績には結構大きな差がでる。

 当然のことながら、中だるみをしている中堅社員や、伸び悩んでいる若手をみつけて、それらの部員が成長するようにチャレンジの場を与えるという「人材育成のための人材配置能力」もプロ部長には期待される。

 実例を上げると『文春砲』で知られた週刊文春の編集部はまさにひとつの部である。さまざまなリークやたれ込みをもとに日々、7人のデスクの下に7~8人の記者や契約スタッフがそれぞれのスクープを追っている。

総勢5~60人規模の部ということになるだろう。その部で山尾志桜里衆議院議員豊田真由子衆議院議員安室奈美恵さん、元SMAP3人、そしてこれから記事になるAさん、B氏、C議員といった数十の案件が常に同時並行で走っている。 そうしたなかで編集部のトップの最大の仕事は、週単位で行うこれらの記者の人員配置だという。

 プロ部長が人材配置を間違ってしまうと、長期持続的に文春砲を放つことができなくなる。個々のプロジェクトの単位ではスクープが重要だが、編集部の単位では人材配置が最も重要になるわけだ。

 つまりプロ部長というものは50人から100人ぐらいいる部員のひとりひとりの能力や適性、状況を把握したうえで、それを最適配置するという貴重な能力を持っているのである。

組織を守る技術

 ふたつめとしてプロ部長は、経営目標を組織目標に落とし込む能力を備えている。

 会社組織では上の組織のビジョンや考え、その時の事情などがからみあって上から経営目標が降りてくる。ほとんどの場合、その経営目標の出来がいいことはない。何らかの矛盾や無理、不合理や理不尽を備えたものが目標として降りてくる。

 プロ部長であれば、まずその目標を簡単には引き受けない。上が執行役員や本部長であれば、まずその上と議論を重ねたうえで、部として引き受けられる形になるように組織目標の交渉を行う。

 会社の目標は理解したうえで、顧客との関係、部員のスキル、そして社員が疲弊しないかたちで目標に落せるかどうかを勘案して、やりきれる目標ラインに組織目標を持ちこむスキルを持っている。

 東芝では歴代社長は「チャレンジ」という言葉で組織を動かそうとしてきたという。上がチャレンジというのはたやすいが、そのチャレンジをどこまで飲めるのかは部門によってまったく状況が異なるはずだ。

 だから上から理不尽なチャレンジの命令が来た際に、どこまで応じて、どこの線から先は断固断るのかどうかが部の生命線となる。プロ部長が率いてきた現業部門では、後々無理がたたった不適正会計が露見するなどの問題は起きにくいだろう。

 会社がばらばらに分割処理されて経営権が他社の移った後でも、部がひとつの事業単位として機能できれば、新しい会社の下で強力な独立部隊として再スタートすることも可能になるだろう。

 つまり、プロ部長は、理不尽な経営者から組織を守る船長のようなスキルを備えているのである。

「プロ部長」こそが、これから最も必要とされる職種だ

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「大丈夫か、やれるか?」

 さてプロ部長の3つめのスキルとは部下との人間的なコミュニケーション能力である。

 上司と部下で強い絆を持てるというのは組織人としての理想である。先輩に教えられ、課長に愛を込めた説教をされといった絆で会社員は育って行く。

 これを個人同士の関係として保てる最後の上司が実は部長なのだ。というのは執行役員から上のポジションでは部下との関係が育成から即戦力としての活用に移る。関係性はどうしてもドライになっていく。

 少し古いかもしれないが伝わりやすい企業ドラマの例で話そう。テレビドラマ『半沢直樹』では主人公と人間的に行動を共にするのは同僚であり部下というのが基本構造だ。役員や支店長は組織的な政治力学の中で時に対立し時に利用される関係になる。

 その中で唯一、人間的な半沢直樹の上司として登場したのが吉田鋼太郎演じる内藤部長だった。このドラマの中では「唯一まともな上司として描かれている」と評される通り、困難に直面した半沢直樹に対して「半沢、やれるのか? と冷静に確認をとり、状況に応じて半沢直樹が極度な緊張状態に陥らないようにサポートする。

 その一方で、明らかに不条理な上層部からの指示が降りてきた場合でも、それが組織にとって必要だと判断した場合には半沢直樹を説得する行動に出る。

 このバランス感覚こそが、プロ部長のスキルの完成形と言っていいだろう。

 要するに部というものは、それはそれで大企業にとっての重要な組織単位なのだ。そこで部を統率する立場にいた人物には、それなりのスキルが必要とされる。

 ましてや現代のように組織の中に無駄な存在を置く余裕がない時代においては、そこで部長として機能してきた人物には、今回述べたようなプロ部長のスキルが備わっている可能性は限りなく大きいという話なのである。